スミシー医ハーサカのブログ

医学部に入学してから卒業するまでのたわいもない話

#12 「糖尿病」の名称変更へ -負のイメージ払拭は可能か?-

Diabetes Mellitus

お久しぶりです、スミシー医ハーサカです。

 

先日、医学生ブロガーとして記事を一本書かざるを得ないニュースが私の耳にも飛び込んできました。

日本糖尿病協会が、「糖尿病」という名称を変更する方針を明らかにしたのです。

というわけで、今回は「糖尿病」に関してお話しさせていただこうと思います。

 

 

名称変更の理由

「糖尿病」という名称がなぜ変更されるのか?

都内で行われた同協会のセミナー内で、清野裕 理事長が明かしたことを紹介します。

 

2021年11月8日から2022年9月30日までの期間で実施された、

患者を対象としたインターネット上でのアンケート調査によると、

1087名の回答者のうち約9割もの人が病名に何らかの抵抗感や不快感を持ち、

約8割が病名の変更を希望したという。

「尿」という言葉には負のイメージがあるとの意見が多かったそうだ。

*参考記事:

「糖尿病」の名称変更へ~患者の9割が不快感—糖尿病協会~|医療ニュース トピックス|時事メディカル|時事通信の医療ニュースサイト

 

「糖尿病」ってどんな病気なの?

糖尿病の名称について語っていく前に、

そもそも糖尿病とは一体どんな病気なのかを簡単に説明したいと思います。

 

注意!ここでは2型糖尿病について取り扱います。

 

■糖とインスリン

三大栄養素」をご存知でしょうか?

炭水化物、脂質そしてタンパク質の3つのことをまとめて指す言葉であり、

これらはヒトが活動するためのエネルギー源となる欠かせないものです。

 

これらのうち、炭水化物は「糖質」と「食物繊維」との2つに分けることができます。

これらの違いは人の持つ消化酵素で消化することができるどうかであり、

糖質は消化でき、食物繊維は消化することはできません。

 

今回はこの糖質について扱います。

 

食事により得た糖質は腸から吸収され、

脳や筋肉などの細胞が活動するためのエネルギー源となります。

必要な分だけエネルギー源として消費されるので、

余った糖質は脂肪として体内に蓄えられます

 

さて、脳や筋肉などの細胞が糖質からエネルギーを産生するためには、

まず、細胞に糖質を届ける必要がありますよね?

この糖質の運搬を担うのが血管です。

体中に張り巡らされている血管を通って糖質は全身の細胞へと運ばれていくのです。

 

この際、糖質は血液中に含まれているわけですが、その濃度を「血糖値」と言います。

のちのち登場する単語なのでよく覚えておいてください。

 

ついでに、、、

HbA1c」という言葉を聞いたことがある方もいらっしゃると思いますが、

血液の主成分たる赤血球を構成するヘモグロビン(Hb)に

糖(グルコース)が結合したものを「HbA1c」と言います。

採血した日の過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映すると言われています。

 

次に、細胞まで運んできた糖を細胞の内側に取り込む必要があります。

この工程で重要な役割を果たしているのが「インスリン」と呼ばれるものです。

インスリンとは、膵臓から分泌される物質のことで、

インスリンにより各細胞は糖を血液中から細胞内へと取り込めるようになり、

それによって細胞たちが糖質をエネルギー源として利用できるようになります

 

インスリンの働きの不足により高血糖になる

ここからようやく糖尿病についての説明が始まります。

 

糖尿病という病名から、「尿に糖が出る病気」だと思われるでしょう。

しかし、糖尿病だからといって必ずしも尿から糖が検出されるわけではありません。

反対に、尿に糖が含まれているからといって糖尿病であるとも限りません。

糖尿病において重要なのは、血糖値が高い状態である「高血糖」なのです。

 

高血糖」という状態に体が陥ってしまうことで

非常に多彩な症状が引き起こされてしまうのが糖尿病という病です。

 

どのようにして高血糖になってしまうのか?

大本の原因は、食べ過ぎ、運動不足、肥満、ストレス、加齢、遺伝など多岐に渡り、

これらが複数絡み合った結果糖尿病を発症してしまうと考えられていますが、

インスリンの働きを不足させてしまう2つのメカニズムが

高血糖ひいては糖尿病の発症につながっていると考えられています。

 

*よく誤解されているのですが、

 甘いものばかりたくさん食べているからといって糖尿病になるわけではありません。

 後述しますが、インスリンというホルモンの分泌量の低下と効果の減弱が

 糖尿病の発症に大きく関わっており、

 体質的にインスリンの分泌量が少なく効果の弱い人が

 運動不足なのに食べ過ぎて摂取エネルギー>消費エネルギーとなってしまうと

 糖尿病を発症するリスクが増加してしまうのです。

 

■「インスリン分泌障害」と「インスリン抵抗性亢進」

この2つがインスリンの働きが不足するメカニズムです。

登場する言葉が次第に難しくなってきましたが、

できる限りわかりやすい説明を心がけますのでどうか最後までお付き合いください。

 

インスリン抵抗性亢進」とは、

インスリンの働きを邪魔するものが増えてしまった状態のことを指します。

肥満に伴う内臓脂肪の蓄積や脂肪肝などがその主な原因です

その邪魔な存在により、インスリンの効果が発揮されにくくなっているため、

細胞内に取り込める糖質が減り、血液中の糖質の濃度は高くなってしまいます。

インスリンの効きが悪くなった分を補うため、

より多くのインスリンを分泌する必要が生じてしまいます

 

インスリン分泌障害」とは文字通り、

膵臓からインスリンが分泌されにくくなった状態のことを言います。

この原因の一つに「インスリン抵抗性亢進」があります。

インスリン抵抗性の高い状態が改善されないでいると

膵臓はその間ずっと大量のインスリンを分泌し続けなければなりません。

その結果、膵臓は疲れ切ってしまってインスリンを分泌できなくなってしまいます。

 

また、膵臓癌などの膵臓の病気もインスリンの分泌を低下させる原因となります。

 

高血糖状態が長期間続いてしまうと、

膵臓インスリンを分泌する機能が低下してインスリン抵抗性も増大、

さらなる高血糖を招いてしまうという負の連鎖を引き起こしてしまうのです

 

こうして、高血糖の状態が慢性化してしまった状態を「糖尿病」と言います。

 *慢性化=長引くこと

 

■糖尿病の症状

糖尿病は、軽度であればその多くは無症状であり、

検診や他の病気の受診中に発見されることも多いです。

進行すれば、多飲、多尿、口渇、体重減少、疲れやすいといった症状が現れます。

糖尿病の合併症による症状で糖尿病だと発覚する場合もあります。

 

つまり、糖尿病とは自覚症状に乏しく、気づかないままに進行・悪化し、

気づいた時には合併症のために身体のいたるところに支障をきたしてしまっている

などという状態に陥りかねない、決して侮ることのできない病なのです。

 

■糖尿病の恐ろしさ

エネルギーの源である糖質がたくさんあるのは良いことではないのか⁉︎

何事も「過ぎたるは猶及ばざるが如し」なのです。

血糖値の高い状態が長期間続いてしまうと全身の血管が傷んでしまうのです。

これが原因で体に様々な不具合が生じ、時には命に関わるようなことも起こります。

このような不具合のことを合併症と言いますが、糖尿病の恐ろしさはここにあります。

 

糖尿病の三大合併症

糖尿病の合併症には三大合併症と呼ばれるものが存在します。

糖尿病腎症」、「糖尿病網膜症」、そして「糖尿病神経障害」です。

これらは高血糖の状態が慢性化してしまった結果、

細小血管と呼ばれる微小な血管が傷んでしまうことが原因で起こるものです。

 

・糖尿病腎症

人工透析という言葉を耳にしたことはありませんか?

人工透析とは、血管と機械とを繋いだ管を通して体の外に出した血液に対して

不要な物質を取り除いて必要な物質を補給するということを機械が行い、

また管を介して血液を体の中に戻すという医療行為のことです。

 

この人工透析を受けなければならなくなった原因の第一位が糖尿病腎症です。

 

腎臓には重要な機能がいくつか備わっていますが、その中に尿を作る機能があります。

尿には不要になったものを体の外に排泄する役割があるのですが、

不要なものと必要なものは合わせて血液中に含まれています。

腎臓は尿を生成する過程でいらないものといるものを選別しているのです。

捨てたいものは尿に含ませ、残しておきたいものは血液に戻します。

しかし、糖尿病になってしまうと、腎臓はこの役割を果たせなくなります。

つまり、糖尿病の腎臓では廃棄したいものを体内に溜め込んでしまい、

保持したいものを尿として体外に捨ててしまうのです。

このような状態では体がろくなことにならないことは想像に難くないですよね?

 

人工透析器に腎臓の本来の機能を担ってもらわないと

長くは生きられない体になってしまうのが糖尿病腎症です。

 

糖尿病網膜症

「網膜」とは眼球のうち光を感じ取る部分のことです。

つまり、視覚にとってものすごく重要であるということです。

糖尿病網膜症とは、この網膜に酸素や栄養を運んでいる血管がダメになる病気です。

すなわち、糖尿病に罹ると目が見えなくなる可能性があるということです。

成人が失明する原因の第3位であり、

年間約3000人が糖尿病網膜症によって光を失っているのです。

 

糖尿病神経障害

糖尿病神経障害は三大合併症の中で最も頻度が高く、比較的早期に発症します。

この病気では障害される神経によって現れる症状は様々です。

 

感覚神経が障害されてしまったとしましょう。

あなたは痛みや温度を感じにくくなってしまいました。

その結果、足元のストーブに足が当たっているにもかかわらず熱や痛みを感じず、

家人が異変に気づいた時には既に大火傷を負っていた後でした。

なんていうことが実際に起こり得てしまうのです。

痛みとは危険から身を守るためにある物であり、

痛みを感じられないということは時に致命的となるのです。

 

交感神経や副交感神経が含まれる自律神経も障害されます。

これらは血圧コントロールや排尿、排便といったものに深く関わっており、

立ちくらみ(起立性低血圧)、神経因性膀胱、下痢、便秘といった症状を起こします。

あくまでもこれらは一例に過ぎず、

自律神経が冒されると身体のあらゆる機能に支障が生じるため、

それまでの生活は送れなくなるといっていいでしょう。

 

■その他の合併症

糖尿病の合併症の種類はとても多いです。

細小血管が障害されて起こる三大合併症以外にも恐ろしい合併症は山ほどあります。

 

・虚血性心疾患:心筋梗塞狭心症

・脳血管障害:脳梗塞

・末梢動脈疾患:閉塞性動脈硬化

・糖尿病足病変(下肢が感染症に冒されたり血行不良により腐ったりする)

感染症:糖尿病では免疫力が落ち、健康なら罹らない感染症にまで罹るようになる

・眼の病気:糖尿病網膜症だけでなく、緑内障白内障なども合併することがある

うつ病認知症

・悪性腫瘍:肝臓、膵臓、大腸の癌のリスクが上昇する

 

医学部で勉強していると、色々なところに糖尿病が登場するのですが、

これらはそのごく一部です。

糖尿病って尿検査で尿中に糖が検出されるだけの病気でしょ?

そんな風に糖尿病を軽視している方、それは間違いです。

病名に糖が含まれているからといって糖尿病は決して甘く見てはいけません。

 

「糖尿病」という名称の由来

糖尿病について少々語り過ぎてしまいましたが、

糖尿病のことがなんとなくでも理解できたのではないでしょうか?

 

糖尿病という病気の存在は紀元2世紀ごろには既に知られており、

Aretaeus という人物により ”diabetes”と名付けられたそうです。

diabetesとはdia = through, across、betes = pass, goという意味に分解できるように、

糖尿病の患者のたくさん水を飲んでたくさんの尿を出す様が

まるで絶え間なく水の流れる”サイフォン”のようであったためにこう命名されました。

しかし、尿がたくさん出てしまう「尿崩症」という別の疾患と区別できないとのことで

18 世紀に William Cullen が蜂蜜のように甘いという意味を持つ‶mellitus"を付け、

Diabetes Mellitusという言葉が出来上がったといわれています。

 

紀元前の中国では糖尿病のことを”消渇”と呼び、日本でもそう呼ばれていたそうです。

消渇とは「食べ物や飲み物が消える、通過する」という意味があるそうで、

Diabetesの語源と似たものを感じますね。

そして、この頃には病名に”尿”は含まれていなかったこともわかります。

 

西暦1700〜1800年ごろ、

尿がたくさん出てしまう病気として”尿崩”が知られていましたが、

そのうち尿中に糖が含まれるものを”蜜尿證”と呼んで区分していたそうです。

”蜜尿證”はオランダ語で書かれた西洋の医学書に記載されていたDiabetes Mellitusを

緒方洪庵が日本語に訳したものとされています。

のちに蜜尿證は青木浩斎により”蜜尿病”と訳されたと考えられています。

西暦1800年後半より、”糖尿病”という言葉が書籍に現れ始めます。

蜜尿病の診断には尿中の糖分を検出することが重要だと記されていることより、

蜜尿病から糖尿病と呼ばれるようになったと考えるのが妥当でしょう。

 

参考文献:羽賀達也,「日本における病名『糖尿病』の由来について」, 2006

 https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/49/8/49_8_633/_pdf/-char/ja

 

本記事の冒頭で紹介した日本糖尿病協会が行ったアンケートでは

”尿”という文字には悪いイメージがあると回答していましたが、

現代と比べて医学が全然進歩していない状況下で

「尿中の糖分を調べる」ことの重要性に気づいた先人たちの

知恵と努力の結晶と言えるのではないでしょうか?

 

名称変更で負のイメージは払拭できるのか?

糖尿病に対するネガティブな感情や考えは

”尿”ではなく糖尿病への誤解からくるものであると私は考えます。

そんなことは協会の方々も承知の上だとは思いますが、

それでも名称変更に踏み切るのであれば何らかの期待があるのでしょう。

 

1つ例を紹介しましょう。

原発性胆汁性硬化症(primary biliary chlangitis 略してPBC)という病気があります。

PBCとは難病に指定されている疾患の一つで、病因が未だに解明されていません。

胆汁と呼ばれる脂肪を消化するために必要な液体が正しく分泌されず、

胆汁の通り道(胆道)の中で滞ってしまいます(これを胆汁うっ滞と言います)。

胆汁うっ滞に伴い、胆道の細胞の破壊と線維化が進んでしまい、

最終的には肝硬変、肝不全という状態にまで陥ってしまうのがPBCという病気です。

本疾患の概念が確立された頃には、多くの症例が肝硬変にまで進行してしまった状態で

発見されていたために原発性胆汁性”肝硬変”と呼ばれていました。

肝硬変とは、あらゆる肝臓の病気の終末像であり、肝臓癌に進行することもあります。

現在の医療では治す方法はなく、肝臓の移植以外に根治することはできません。

ところが、診断・治療技術の進歩により肝硬変に至る前に発見することが可能になり、

現在ではほとんどの患者が肝硬変になることはありません。

これを受け、2016年に日本肝臓学会及び日本消化器病学会において

原発性胆汁性”胆管炎”への病名変更が決定されたという経緯があります。

名称変更前には、本疾患では肝硬変にはならないことがほとんどだというのに、

”肝硬変”という言葉が病名に含まれているというだけで

生命保険や住宅ローンに加入できないということが昔はあったそうです。

しかし、原発性胆汁性胆管炎という名前に変わって以来、

そういった誤解は少しずつですが解消されているそうです。

 

糖尿病の場合も、このような効果を狙っているのかもしれません。

とはいえ、誤った認識や知識不足が偏見を助長し差別に繋がっているのだから、

名称よりも糖尿病に対する正しい知識の啓蒙活動を第一に行うべきだと思います。

 

糖尿病を理由に就職や進学といった権利を奪われるようなことがあってはいけません。

確かに、糖尿病の治癒は難しいですし、数多くの合併症のリスクとなり得ます。

しかし、適切な治療を受ければ問題ないレベルまでに抑えることができますし、

健常者と変わらない生活を送ることだって十分可能です。

 

また、糖尿病患者は怠け者であると見られてしまうことも無くさなければなりません。

日々の不摂生が祟って糖尿病を発症してしまうという誤解が普及してしまっています。

ろくに運動せず食べてばかりいると糖尿病の発症リスクは上がるかもしれませんが、

そんな生活を続けていても糖尿病にならない人もいます。

先ほど申し上げた通り、体質や遺伝的なことなど本人にはどうしようもないことなどが

複雑に絡み合った結果、糖尿病は発症すると考えられています。

糖尿病の中には1型糖尿病に分類されるものがあります。

1型糖尿病では若くしてインスリンを全く分泌することができなくなります。

その多くは、細菌やウイルスといった外敵から身を守るはずの免疫機能が

誤って自身の細胞や組織を攻撃してしまう”自己免疫異常”が原因で発症します。

その他に、妊娠することにより糖尿病を発症してしまうこともありますし、

他の病気に対する治療が原因で糖尿病に罹ってしまうことだってあります。

 

日本では、成人の約4人に1人が糖尿病またはその可能性のある予備軍に該当します。

この事実だけからも、糖尿病の正しい知識を学ぶ必要性が理解できると思います。

糖尿病という名称を変えただけで諸々の問題が解決するとは考えにくいですが、

このことが、多くの人々が糖尿病について知るきっかけとなるのであれば

病名変更も意味のある行動になるのかもしれませんね。

 

最後に

ただ気づけていないだけで人は誰しも何かしらの事情を抱えているものです。

無知であるが故に知らず知らずのうちに彼らを傷つけてしまっているかもしれません。

彼らのためになる言動と彼らに対する偏見や差別とは、実は紙一重なのです。

良かれと思ってしたこと彼らのことを想って言ったことが、

彼らにとっては望まないことだったなんてことはしばしばあります。

すべての人に対して完璧に対応することは到底不可能なことではあります。

しかし、思慮の結果失敗してしまうのと、思慮なしに失敗してしまうのでは

失敗に対する相手の受け取り方や事の顛末はまったく異なるものになるでしょう。

「正しい理解に努めること」がお互いにとって居心地の良い環境をもたらすのです。

 

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